石橋を叩き壊して渡れない

山本ジャパン屈辱…早すぎる終戦
サポティスタと同じ引用になってしまいますが、

02年7月末に山本監督が就任してから、五輪前までに費やした国際試合は41回。合宿期間、試合数、予算は五輪出場国の中で最大規模だった。

一体その間、何をやっていたんだろう?って思わざるを得ないですよね・・・。んで最後までテスト、ラボで終わってしまったと。あれがアウェーでの親善試合だったら、結構褒められていたんだろうけどねぇ・・・。だけど、世界大会で欲しいのは、ただ、ただ、勝利のみなんだよね。(一方、アジアの大会で僕が求めているのは、Asian Cup 2000のように蹂躙して勝利すること。W杯最終予選では、冷徹に勝利すること。)