犬死

子供の頃に見た実写版ゲゲゲの鬼太郎の中で、片腕の無い男が郵便配達夫として登場していた。間の抜けた着ぐるみ妖怪達よりも、その男のもつ雰囲気が幼心に怖かったことを覚えている。


実はその異様な男こそがゲゲゲの鬼太郎の作者である水木しげるだということを知ったのは、それからしばらくして僕が中学生になった頃だった。同時に、水木しげるが戦時中ラバウル九死に一生を得て、左腕を失ったことも知った。


その水木しげるの、従軍中の経験を基に描かれた戦記物が凄いという話は以前から聞いていて、今日、ようやく入手して読むことができた。



当時の日本軍について多少なりとも知っていれば、特に驚くようなストーリーやエピソードがあるわけではないのだが、ヒステリックに戦争の恐ろしさを叫ばれるよりも、脱力しまくりのあの独特な絵で淡々と兵隊の実態が描写されているのが、むしろ怖い。


とりあえず意味も無く毎日必ず殴るという旧軍恒例の初年兵いじめや、熱帯特有の病気、ワニに喰われたり、魚を喉につまらせて兵士達が死んだりしつつ、ニューギニアの前線の日常が過ぎて行き、アメリカの本格的攻撃が始まる。ろくに抵抗も出来ぬまま、さっぱり納得いかない理由で、玉砕という美名のもとにみんなで犬死大行進。生きて逃げのびても、安全地帯で惰眠を貪っていたオエライさん達から恥さらしと罵られ、将官は自決。残りは再びバンザイアタック。一体何のための戦争なのか。


あとがきで、水木しげるはこう記している。

この「総員玉砕せよ!」という物語は、九十パーセントは事実です。
(中略)
物語では全員死にますが、実際には八十人近く生き残ります。
だいたい同じ島で「オレたちはあとで死ぬから、お前たちは先に死ね」といわれても、なかなか死ねるものではありません。
「玉砕」というのは、どこでもそうですが、必ず生き残りがいます。
(中略)
となりの地区を守っていた混成三連隊の連隊長は、この玉砕事件についてこういった。
「あの場所をなぜ、そうまでにして守らねばならなかったのか」
ぼくはそれを耳にしたとき「フハッ」と空しい溜息みたいな言葉が出るだけだった。
あの場所をそうまでにして・・・。なんという空しい言葉だろう。死人(戦死者)に口はない。
ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみあげてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。 


水木しげるの怒りは、誰がこの漫画を読んでも、伝わると思う。